中川ひろしとは

略歴

 大学時代、自転車で日本・台湾一周。東京女子医大病院看護助手(臨時職員)。
 平成7年 阪神大震災直後、市内各駅で募金活動。被災地・灘区災害ボランティアセンターのリーダーの1人として半月間、災害支援活動を行う中で大きな行政課題に直面 調整を経験し、地元に戻った後講演会活動を首都圏で行い、市議立候補をボランティアさんから薦められ、決意。
市議4期。
 中越・中越沖地震、名古屋水害の災害ボランティアも経験。鬼怒川決壊現場での課題を埼玉県庁と調整中。
 現在、能登半島災害の支援活動中。

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自分は『社会の底辺』にいる」と思った出来事

高校を卒業したら私の場合、家を出なければならず、新聞配達で【奨学金】を得る上で、住み込みが必要で、生活費も掛かりました。同じ新聞販売店の2階に🏠住み込みしていた同じ年の学生が、ある日、朝刊の時間になっても来ず、部屋に行ったら…。新聞の『集金』を持ったまま、夜逃げしてしまっていました。想定外でした。職種で底辺と思ったのではありません。携帯も無い時代。今どうしているのか・・・。ですので、仕事上、若い世代、特に困窮している👧子育て家庭👨の事が、気になって仕方ありません。体を売っていないか、『生き地獄』な状態が続いていないか、自暴自棄になっていないか。
行政・政治が『夢・希望』のような種類の表現をした時、私は「せめて 絶望が薄くなるように」と胸に誓って、具体的に動きます。生きている限りは。 なので、あなたも、なんとか、生きて下さい。お願いします。

頂いたコメントを紹介します

「そういうのってありますね。身体に沁みついた体験とでもいいましょうか?
私もどうしても社会福祉から身を引けない自分があります。
本当は、性格にあわないんじゃないか?と思うのですが。
中川さんの政治活動に過去の経験からの”想い”がコアにあるのは心強い。
政治家として弱者の代弁をするには、広い知識が必要だと思います。
ご紹介されているEテレの番組は、まさに実践ですね」

私の返信
「①「本当は、性格に合わない」⇨ ”天職”だと、自分で思っている方より、問題点が見えてしまっているので、考えあぐねますよね。
問題改善の為に、今の時代、思い悩む人が居ないと(野党の仕事は、特に)。
『向いてる人』は、ごく一部ですので、ご自分を生きづらくは、されないで下さい。(ご存知のように)誰もが大谷翔平には なれないように。
②「経験」
シビアな経験のほうが 身に付き、知識だけより 人を励ましやすい と私の場合は思います。今日まで生きて来た教訓を生かす。それを【ライフワーク】に、もしも出来れば、人生を最後に振り返った時、後悔は少ないと思います(職業でなくても・直接的でなくても)。
自分のプロフィール欄に書いた『浦島太郎』とは、ライフワークについて「本当はこうしたかったのに、踏み出す勇気が無かった」という意味です。
③「コア」
行政には『基軸』と言っています。基軸なら、ブレずに、柔軟に対応します。
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お会いしたり、私のfacebookを見て下さったりしたのは、こういうやり取りをする為だと思います。」

コメントをくださった方の返信
「中川 浩 さん
丁寧な返信ありがとう。FBですから、感じ合うくらいが良いと思います。
ところでニュース👍
私の難病「筋痛性脳脊髄炎」の薬の治験が成功しました。
まだ、保険適用ではないのだけど、病気が治る可能性があります。💕
大好きな自転車をビュンビュン乗るには歳を取りすぎてしまったけれど。😅
市町村合併問題の頃は、私も自転車に乗っていたでしょう?
中川さんがハイツにいらして、家にも来てくださった。
墨田もいいけれど、私は、やっぱり自然豊かな狭山が好きです。
狭山の福祉の充実、是非にもお願いします!」

「息子を実家に置いてきました。シングルマザーで18年、教育費、生活費を稼ぐ為に、1日14時間以上働いていました。息子が高3の時、仕事人間で、僕を息子と思ったことはあるか?僕は小さい頃から貴女を母親と思ったことは一度もない。育児しないで仕事ばかり、育児放棄をしてきた貴女が僕は嫌いです。と言われました。そして、息子の幸せを考えて私は親子解散をしました。息子は今、大好きな祖父母(私が仕事人間だったので、私の両親が育てたと言っても過言でない)と暮らしています。大学3年。バイトしながら大学資金を支払いする日々。先月電話があり、1ヶ月に20万稼いでいるから、扶養を外したから。と、いう内容でした。しかし、なんの仕事か言えない。夜ばかり働き、祖父母も何をしてるか知らない。一つ分かってるのは本人が言った、深夜の手渡しの仕事。怪しい仕事しか思い浮かばない。闇バイトのニュースをみるたびに息子ではないかと心配になります。また、私の両親は70(代と80代。
息子と3人暮らし。ヤングケアラーになってしまう。祖父母を置いて夜逃げしないだろうか、まさに中川さんの投稿通りの事が私の家族で実際に起こっています。府中市の立憲の市議会議員と交流がありますが、相談はまだ出来ていません。1人信頼していて今も交流を続けている元市議会議員、都議会議員の方がいます。息子さんが私の息子と同じ保育園でした。万が一の時は頼ろうと思いますが、どこまで介入してくれるか、」

「つらいですね~😭」

「私も新聞奨学生してました!オトナも夜逃げしてるのを見ましたよーアルアルなんでしょうか」

私の返信
「①女性で新聞奨学生って、当時、スゴいな~~と思っていました。
②私の居た新聞販売店にも、オトナ従業員の『夜逃げ』、ありました。
18才の小僧(私)たちに、そんなの見せんなよって思いました(個人でなく大人組織として)。」

コメントをくださった方からの返信
「見せんなよーホントに同感です!配達中に後をつけられて抱きつかれるという恐怖の出来事がありました。その出来事そのものよりも、軽くあしらったお巡りと販売所の対応の方が印象深く残ってます。」

「頑張れ!中川さん」

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👧次の世代👨に【恩渡し】しなければ

貧乏だった私が18才の時、『奨学金』をもらう上で、どこの新聞販売店に配属されるか事前に分からず、墨田川を渡った時、🌸桜がキレイでしたが、不安でいっぱいでした。若い時代の不安感を仕事上 忘れる訳には いきません。
🔶勉強しながらの新聞配達・集金・拡張(営業)の生活は つらかったですが、 浅草は、下町で とてもあったかい街(何件もの方が、ご飯をご馳走して下さったり、新規に新聞を購読して下さったりしました。夕刊を配っていると、玄関に🍙おにぎりを作って置いてくれたり)で、気持ちが救われました。👧次の世代👨に【恩渡し】しなければ。
まさか 🗼スカイツリーが住み込みしていた職場(玉ノ井)の近く(業平橋)に その後出来るとは思いませんでしたが。(📷東京マラソン🏃のコースにて。)

 

精進が自分は足りません。後日、『奨学金』についてまた書きますね。いつもありがとうございます。

頂いたコメントを紹介します

「中川さん立派です☆」

「日本の子供たちは、奨学金地獄可哀想です」

「私の頃も 集団就職みたいに新潟出身の学友が 沢山居ました!一日一食の地方の人も居ました!」

「玄関におにぎり、泣けます。」

「大学通いながら新聞配達と集金をしていた友人がいましたが尊敬しかありませんでした。自分で学費払っていたので授業にもしっかり出ていました。」