2012年9月22日の活動

狭山市立智光山こども動物園。飼育員・研修員にお話を伺う。
ヒヨコは口ばしの先の突起で、自分で卵の殻を割って出て来て、48時間以外に突起は取れてしまう。
 白鳥のヒナはカラスに食べられてしまうので、囲いの中で育てているとの事。勉強になりました。サルなど子供が結構生まれていて、かわいかったです。
高山 環境大臣政務官に相談。

拉致問題を考える埼玉県民の集い(浦和)。
松原仁 拉致問題担当大臣挨拶「これまで何度も北朝鮮にメッセージを送って来た。
 時間が無いのはむしろ北朝鮮のほう。
 死んだとされる拉致被害者が生きていたとしても、非難しない。
 北朝鮮の新聞に、私は5度批判記事を出されたが、5度も出されたのは初めて。
 野田総理は、拉致問題の解決なくして建設的な議論はあり得ないと言っている。
 しかし、北朝鮮に甘いと見られれば、北朝鮮は楽なほうに行こうとする
 1000万人署名活動が行われているが、北朝鮮国民の半分の署名を集める事こそが最大の戦略。これからがまさに勝負の時になって来る。国民の意志の盛り上がりが重要。共に頑張りましょう」
特定失踪者 藤田進さんの弟、隆司さん「国連から私の所に書簡が届き、所在を明らかにするように北朝鮮に書簡を送ったとの事で、国連が事実上、拉致認定した。
(北朝鮮に「特定失踪者」藤田さんの調査要求 国連人権理・部会 産経新聞)
 特定失踪者は470人おり、それ以外に拉致されたのではないかと警察に相談が9百件以上寄せられている」
特定失踪者調査会代表 荒木和博氏講演「北朝鮮から渡って来た工作員よりも、はるかに多い日本国内で拉致に関わっていた人が1人も捕まってない。
 失踪した山本美保さんについて、山形県の海岸に漂着した遺体のDNAと一致したと山梨県警が発表したが、体格も服装も違い、小泉政権時代の警視庁の中枢がDNA偽造したとしか言いようが無い。
 日本はミッドウェイ海戦で負けた時、負けなかったと発表した後もウソをつき続けたが、“大本営発表”と同じ事を日本は戦後間もなくからやって来た。
 もう少しすれば拉致被害者も家族も死んでしまい、何事もなかったんだと喜ぶ人が、北朝鮮だけでなく、この日本にもいる」
拉致被害者家族連絡会代表 飯塚繁雄氏「県民の皆さんが、私達被害者家族の“活動の糧”になっている。この場で皆様にお礼の挨拶をしたいが、まだ出来ないでいる。失踪から35年。
 あの時もっと小泉総理がもっともっと声を上げていたら、前に進んだかなと思う。
 北朝鮮に融和政策、お金をあげますから返して下さいではダメだという事は実証されている。
 北朝鮮との交渉カードで一番大きいのは、日本国民がいかっているという事。1000万署名は相当の重み。
 10年の節目と言われているが、私達家族には毎日が節目。
 今回の日朝協議は唯一の機会で、今年前に進まなければまた数年後になってしまう。
 5人の拉致被害者が帰って来た時の映像を、自分の家族と重ね合わせている。田口八重子がタラップを下りてきた時、耕一郎(息子)がお母さんと呼べる時を心待ちにしている」。
飯塚耕一郎氏「10年前に『田口八重子死亡』との報道で、電話越しに養母は泣き崩れてしまい、北朝鮮はなぜこんな事をするんだと思った」
横田滋さん「ピョンヤンの街並みを映像で見ると、日本と変わらず、経済制裁が効いていないと感じる」
横田早紀江さん「畳をかきむしって泣き、隣の家に心配された。いつも悲しい思いをしながらご飯を食べて来た。
 めぐみの投票用紙が毎年送られて来た」(以上)

県庁。県議と会合。県としての拉致署名活動について、私から提案。